5号墳を探してさ迷っててふと振り返ったら案内板のようなもの発見!
回り込んだら公園でした。やっぱり案内板だったよ。
長法寺七ツ塚三・四・五号墳(ちょうほうじななつづか) 長岡京市長法寺北畠 古墳時代後期 長法寺七ツ塚古墳群は、今から1450年ほど昔に造られた群集墳で、 そのうち3〜5号墳を発掘調査しています。 墳丘は、3号墳が1辺約15メートルの方墳、4号分が全長20メートル以上の帆立貝式古墳、 そして5号墳が辺約18メートルの方墳です。いずれの古墳も、自然地形を利用しつつ、 土を盛り上げて造り、三号墳と5号墳では周溝が確認されています。 埋葬施設は、木棺を墳丘に直接埋めたもので、3号墳では四基、4号墳では三基を確認できたほか、 5号墳でも一基存在することがわかっています。木棺は、榎材を箱型に組み合わせて造り 内側は赤色に染めていたようです。遺体は、頭を北に向けて葬られたものが多く、 なかには三人も合葬した非常に珍しい木棺もあります。 副葬品については、耳環や玉などの装身具をはじめ、鉄製の武器・農具・工具・馬具・石製の紡績具、 それに須恵器など種類が多彩で、数量も非常に豊富でした。 このように、3〜5号墳は墳形や大きさ、埋葬施設の数、副葬品の内容などに それぞれ違いがありますが、いずれも有力者の家族墓とみることができ、 当時の社会を知る上で重要な資料となっています。 平成3年3月1日 長岡京市教育委員会 |
さ、三人一緒に?!
家族葬?!それとも今流行の友達葬か!??(ちょび)
向かって右側に5号墳がΣ
これは方墳。(´-ω-`)
でも後ろの植え込みから「ブ〜ンブ〜ン」とでかい音がしてたので
早々にゆっき〜退散!!( ̄□ ̄;ノ)ノ@@@@
戻る そして伝説へ