さてみなさん、
一見高さがある大きい石室に見えますが、
実際の高さは2、7Mほど。幅も1、8Mほど。
2、3人入ってワイワイやったらもういっぱいいっぱい。【拡大】
奥行は3、6M。両袖石も。
古い文献によればいちおう石棺があったらしい。【拡大】
天井も撮っちゃう。(=ε=)
よくみる巨大石室のミニチュア版が作られているみたいで面白いわ。【かくだい】
当時、せん積用に焼いたやつとか貰ってきて挟んだのかしら。
それとも後世になって隙間が気になり瓦でもつめたんかな。
などとゴソゴソ遊んで帰ったが、
実は看板の「読めなかった5行」に書いてあることがわりとすごかった。
平たく言えば、
柳生 十兵衞(よく本になったりドラマになってる人)のお父さんの
柳生 但馬守(柳生新陰流を確立した人)のお父さんの
柳生 宗厳 の号(剣の世界のHN的なものか)の「石舟斎」という名前が
ここにあった石棺に由来する!という事らしい。
翫弄(がんろう)おもちゃにしてもてあそぶことらしいので
ここの石棺を子供のころに遊具替わりに遊んでたのか、
はたまた行水でもしてたのか、宗厳よ。(´-ω-`)
大河なんかでは柳生宗厳役を
千葉真一やら藤田まことがやっとる割と有名な人。
こんなしょぼい古墳なのにこんな言い伝えがあるなんて
もっと広めんかい!!!
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