首子古墳群
葛城市当麻
今回のテーマは「ツマラナイ部分も盛大に」です。
古墳好きでないと相当退屈な内容になってまーす。
気にせず適当に引き上げてね。(*´д`*)
古代豪族「当麻(當麻)氏」が関わったと考えられている
「首子古墳群」は
6世紀初〜7世紀中頃にかけて作られました。
以前は7基あり「首子七塚」とされていましたが、
今、「ああ古墳だな」というのが4基だけ残っています。
一番かっこいい5号墳は、
番地もあって財務省が管轄しています。
案内板もあるし、墳頂は公園整備されているし
「首子塚」と呼ばれているポイント古墳です。
ちょっくら予備知識に読んでおきましょう。↓
赤線の7号墳デスが、
残念なお知らせがあります。
何百年も古墳だと思われていたけど
「古墳じゃなかった♪」
(´▽`)てへ。(葛城市)
案内板には今も堂々と7号墳の案内もしてありますが
「只塚古墳」と立派な名前まで付いてますが、
「古墳ちがった♪」
(´▽`)にひょ。(葛城市)
というかここの古墳達、看板と資料と古墳地図の数字と内容が
まあ、バラバラ…。(;¬_¬)
でもまあ、マズは看板古墳の5号墳を見てから
あとの古墳は適当に回りましょう。(やる気半減中)
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